百景図よもやまばなし

第84図 きまんごくの鹿

投稿日:2016年11月16日

鹿狩りは宵から明け方と記してあるので、これは明け方の景色

だろうか。

雄鹿が二頭尾根に立っている。

円い模様が見えるので夏毛。冬になる前である。

津和野は鹿足郡という地名からして、鹿の多いところだったらしい。

この絵の雄鹿、立居姿は何とも美しいが、村人にとっては厄介者の害獣である。

楮の芽などは綺麗に食べてしまい、紙すきの盛んな村にとっては悩みの種だったのである。

鹿狩りは雄にさかりが来る秋口から始めたということだ。明け方の4時ごろに山に入って

身を隠し、鹿笛を吹いて寄ってくる鹿を撃ち斃したという。

江戸時代、一冬になんと800頭も退治したという記録もあったということだ。

藩では尻尾一本に、米三升(於杼呂我中には三斗とも)という褒美をつけて退治を奨励していた。

鹿は食料のみならず頭は漢方薬に、胎仔は「血の薬」として利用されたといわれる。

因みにこの鹿の皮。鷲原八幡宮の流鏑馬の時、射手の衣装行縢に使用されている。

若侍は鹿の夏毛、鹿の子模様の行縢。40過ぎれば冬毛の黒毛と決まっていたようだ。

  

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