投稿日:2026年04月18日
津和野百景図には、春の風景を描いた一枚に筍が登場します。江戸時代末期の絵師・栗本格斎がわざわざ描き留めたということは、当時の津和野においても竹が人々の暮らしに近しい存在だったことがうかがえます。
では、その竹は現代の津和野でどのように生きているのでしょうか。今回は、津和野で竹細工の制作・販売を続ける糸井商店さんに、竹の魅力と仕事の流儀について聞かせていただきました。

糸井さんが竹に向き合うようになった理由は、風景への愛情から始まっていました。
「竹が空に向かってスッとまっすぐ伸びる姿や、冬に周りが枯れた景色の中でも青々と茂る竹林の光景が好きなんです。でも今、どこの中山間地でも竹は自然に繁茂する”邪魔もの”扱いになってしまっている。その現状が悲しくて——竹の有用性を伝える手段の一つとして、実用性や形状の豊富な竹細工を学び始めました。」
日本の山里が抱える竹の問題は、津和野も例外ではありません。百景図に描かれた豊かな自然の一部が、今では管理の難しい課題になっている。糸井さんはそこに「竹細工」という答えを見つけました。
「実用性と機能性が一番の魅力だと思っています。耐火・耐熱で軽く、多少の傷みなら補修しながら長く使える。それに、インテリアとして和洋の雰囲気に邪魔をしないところも好きです。」
プラスチックや金属が当たり前になった現代に、素材としての竹が持つ強さと柔軟さを改めて聞くと、なるほど百景図の時代からずっと使われてきた理由がわかります。
「なるべく丈夫に、なるべくキレイに——とは心がけているのですが、これが難しい。丈夫にしようとすると部材が折れたり割れやすくなる。かといって柔らかくすると、今度は籠がフニャフニャになってキレイに仕上がらない。その両立を毎日考えながら作っています。」
一言で「竹を編む」と言っても、素材の硬さと仕上がりの美しさを同時に追う職人の仕事が、そこにあります。

「まずは本来の使い方で家に置いてみてほしいです。そこから想像力で別の使い方を探すと面白い。たとえば、深めの笊にライトを伏せるだけで、壁に格子模様が浮かぶランプシェードになります。目の粗い籠を壁にかけてフックをつければ小物掛けにもなる。用途が決まっているようで、じつはとても自由なんです。」
山の竹が一つの籠になるまでには、次のような工程があります。
伐採から完成まで、すべてが手仕事です。百景図の時代から変わらない素材を、変わらない工程で扱い続けているとも言えます。
糸井商店さんは近く、津和野町藩校養老館にて竹細工ワークショップを開催されます。
藩校養老館は、江戸時代に津和野藩が設けた学問所。森鷗外や西周もここで学びました。その歴史的な建物の中で、職人から直接竹細工を教わるという体験は、なかなか得られるものではありません。
興味を持たれた方は、ぜひお申し込みください。

